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メール整理してたら出てきた画像たち

電子書籍の第4号ですが、日曜にやっと完成したんですよ。今回は文書ファイルでお届け~なんつってましたが、その前にプレビューしてみると…ギャー! レイアウトがグチャグチャになっとる!?


「アナタにイチオシ」で出てきた商品。疲れてるんだろなあ(リンク先)


スマホで閲覧する電子書籍というのは、当然ながら画面が狭く、作り手はそれに合わせてレイアウトしなきゃなんないのですが、自分は適当なノリでやってました! そりゃそーなるわ! まあ1画面に画像3枚とか目に悪いですわな。少々つまんないレイアウトになるけど、ここは素直に作り直そう…。








そんなわけで本日は、スマホの無駄をなくすためメールを整理していたら出てきた画像のコーナー! これ懐かしいっすねえ。来店マンやってた頃の画像ですよ。このお店は阿佐ヶ谷パルコなんぞと違ってエラソーじゃなかったし、打ちたい機種を自由に打たせてもらえたので印象は悪くないな。設定状況や釘は完全に通常営業ぽかったけど。





HELLSINGのパチンコが出るですって!? 原作ファンの自分は当然、新台発表会に行ってきたさ。けれども試打はさせてもらえず、セラス嬢のコスプレしたおねーさんがいたり、よくわかんないバンドが「原作をイメージして曲を作りました!」と、全然コレジャナイ歌を歌っていただけだったとさ。あ、けど原画展があったよ! なんでパチンコの時にそれやっちゃうの!?





謎イラスト。ペン入れはしてないと思う。手元にも残ってない。








トリビーの謎パチスロと、コータローまかりとおるのパチンコ。この時でも結構なレア台でした。奥村はいい甘デジをたくさん出してましたね。バジリスクさえ作らなければ…!
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日曜日だからライター時代の話を

大阪で泊まった宿には、雀鬼シリーズが全巻置いてあって歓喜でした。


流れをつかむ技術


あと首領への道も完結編まで置いてましたよ。けど、なんでかなー最終巻に清水健太郎がいないんだよなー(すっとぼけ)。


そんなことを考えてたら、ライター始めて間もない頃、とあるスロ漫画家さんに連れられてみやわき心太郎先生宅へお伺いしたことを書きたくなっちゃったりなんかして。





みやわき先生とは、これを描いた方です。連載が始まった当時、自分は中学生だったのだけれど、夢中になって読んでたなあ。20年間無敗! すげえ! って。3秒切りや、第1打に字牌を打つの禁止だったりと独特なルールには、かなり影響を受けたなあ。麻雀は全然打たなくなっちゃったけど。


さておき、確かあの日の流れとしては、スロ漫画のセンセーにみやわき先生と麻雀打とうって誘って頂いたんですね。センセーはひばりヶ丘に住んでおり、みやわき先生もご近所だったのです。


もちろんご近所ってだけではなく、スロ漫画センセーがなんと驚き、元雀鬼会出身だったのです。その流れでみやわき先生ともお知り合いであり、たまに会いに行ったりしていたそうな。ピカピカの田舎者はたまげたり歓喜したりでしたよ。


ちなみにひばりヶ丘には三家本礼先生も住んでいるそうな(20年近く前の話だけれど)。そういえば今日までゾンビ屋れい子のkindle電子書籍がセールだよ! 急げー。


駅前のやすだで少し散財し、それから少し歩いて、まずはスロ漫画センセー宅へ。記憶もすっかり飛んじゃったけれど、短い商店街を抜けて、緑の多いところにセンセーの住むアパートがあったように思います。ちょうど原稿が終わった後のセンセー。確か原稿はパソコンでの作業だったような気がしたので、部屋は片付いたもんでした。


パソコンでの原稿といえば、井上いちろうというスロ漫画センセーが4号機時代は大変好景気で、どこかの飲み会にてパソコン使えるアシスタントの方を結構なギャラで募集していました。スロ漫画もぼちぼちとデジタルに以降していた時期だっんですね。前山滋というセンセーもパソコンを活用しまくってハンコ絵漫画を量産してました。


あの頃はスロ漫画誌も2桁を数えるほど刊行されていたし、まさにパチスロバブル時代だったなあ。そこに甘えて精進を怠った漫画家未満の皆さんは、バブルが弾けた後、どーなっちゃったんでしょうね。


そんなこんなでみやわき先生宅に到着。夫婦でお出迎えされちゃった。お二方ともにこやかな方でした。通された部屋は、山積みの本の中をかき分けるような感じで、中央に雀卓がポツリ。おお、全自動卓だ!


さて、先ほどまでにこやかなお二方は、勝負になると変貌する…というわけではなく、変わらずにこやかでした。しかし! さすが雀鬼流の漫画を描いていた方であります。打牌は早い。いや、速いし、打ち回しもしっかりしており、自分の付け入る隙はナッシン。凄い早さで半荘6回が終わりましたが、いちどもトップを取ることができませんでした。ううむ、さすが自分以外雀鬼会…。


あの時は緊張しちゃって、ほとんど何も話せなくって、会話の内容も覚えてないのだけれど、牛次郎先生のことを笑顔で話していたのが印象的でした。ああ、なんだか夢のような麻雀だったなあ。


昔話になっちゃった。ライター時代の話

20年近く前、パチンコのエヴァンゲリオンが初登場。そして流行し、ガイナックスのサイトではちょっとした催しで、様々なイラストレーターや漫画家の作品がトップページを彩っていました。福満しげゆき先生のイラストは、今でもパソコンに保存してあります。また違う意味でダメなシンジくん…。さておき、その中でパチンコ漫画家の代表として出てきたのが…あの〇ニ村だったんですね。

※オカルト打法で一躍パチンコ漫画界のトップに立った裸の王様。コピペ&落書き漫画は、陰口を叩かない同業者がいないほど。けれども悲しきかな、当時は彼の表紙じゃないと雑誌が売れないと言われていた時代だったので、だーれも、なーんにも言えなかったわけさ!

いやあ実にドイヒーでした。少しはよそ行きのイラストでも描くのかと思えば、相変わらずありもののコピペゲリオン(パチンコ天国の表紙で見た素材)と、落書きの自画像。さすがに我慢できず、mixiの日記にそれをやんわりと批評したところ…


60歳からの1ぱち講座


八百屋〇パイという人から「僕は〇ニ村先生にお世話になっているんです! 僕に謝ってください(要約)!」とメールが届いてみたりとか。いや、それってイラストのクオリティに関係なくなくなーい? お世話になってるから怒るのは分かるけど、じゃあ〇ニ村先生のコレが、いかに素晴らしいかを説明して下さいよー。


と思いつつも、このヒト、一応パチンコ漫画業界に関わってる人種なので面倒だと思い、てけとーに謝罪しときましたが。あとで他のパチンコ漫画家にこの出来事を話したら、〇ニ村には触れちゃ駄目、アンタが悪いって怒られましたわ。そりゃそうだ! 若かったなあ。


八百屋はとにかく有名人にいっちょ噛みする人で、漫画の知識もないのに知らない漫画家のサイン色紙もらったりと一生懸命顔を売ったりしてました。その後、浜田ブリトニーに寄生先を変えたのまでは知ってますけれども。ううむ、いい歳をしたおっさんは結局何になりたかったのか。一水社のフィーバーに彼の原作担当してた漫画が載っていたのだけれど、数回やったらネタ切れになったのか、あとは編集や作画担当の漫画家と連れ打ちする漫画になってましたね。


しかし彼からは大事なことを学びました。とりあえずなんでもいっちょ噛みするくらいのファイトがなければ、フリーで業界を渡ってくのは無理ってね。コネコネ業界っすから。酒呑んで、適当に相槌打って人脈を作れーってなもんで。あとハッタリ大事ってことも教えて頂いたな。しかしいつまで経っても中身が伴わないと地獄ですね?


そういえば以前、パチンコ漫画誌は実戦漫画ばかりでストーリーものがなくなり、そこから加速度をつけて落ちていったと言ったような気がしますが、実戦漫画って面白く描ける人は本当に少ないんですよ。アチラの腹の中は「どーせ読者なんて、うわーハマったー負けたーって書いときゃ喜ぶんでしょ」って感じで思考停止しちゃってるんですよね。だから同じようなものばっかになっちゃう。再放送ばかりでは飽きるでしょう。パチンコ漫画家って画力のない人も多いし。天草ヤ〇ヲって4号機時代にスロ7でデビューしたんすよねえ。


その点では、アドリブ王子ってエラい。そう思った赤パンだった…。DVDオンリーだけどアニメになってるし、声優陣はちゃんとしてるし、PSでゲームにもなっている。そしてファミ通のインタビューだって受けてるってんだから大したものですよ。アドリブ王子、好きだったなあ。ここでアドリブが効かない奴は勝てねえ!





ああっ、なんだかあまり中身のない話をつらつらと。すまぬ…今日食べた不二家のソフトクリームでも見てくれぃ。はーゴリゴリ。



松山の古本屋のはなし

GWは、割と充実した感じで。

古本屋になろう! (書籍)

そんなわけで本日は、移動の合間に古本屋のはなしまとめー。











昔の松山は色んな古本屋があって楽しかったなあ。古本屋巡りしてたら1日が終わってましたよ。ブックオフとかね、もう行く気になんないの。いい時代を知っちゃってるから。

昔の雀荘の話。トキワ荘ってあったんですよ

3月は土曜の休みが少ないので、生き急ぐように休みを楽しみます。





そんなわけで本日は、若い頃行った雀荘のお話シリーズ! 現在の松山はフリー雀荘なんてほとんど無くなっちゃったけど、昔はそりゃもうたくさんあったんですよ。その中でも変わったお店をご紹介。ちなみに現在は跡形もなく消滅~!


場所は松山市駅前、でゅえっとという大盛りパスタが名物のお店の近所に「常磐クラブ」がありました。2階が系列の食堂だったためか、そこの店員が料理を店内に運んできたりしてましたね。店員はおじいちゃんだったためか、牛歩戦術と見紛うような速度でじわりじわりとやってくるのです。1杯のお冷を運ぶのもそんな感じで。


さてそんな常磐クラブですが、ルールが一風変わってまして、当時ですら絶滅危惧種であったスポーツ麻雀というものでした。名前の由来は知らないけれど、簡単に言えば1人沈み(マルC)可能なブー麻雀といったところです。


点数は2000点持ちで、誰かが2000点浮いたらゲーム終了。えっ? そんじゃ一瞬で終わっちゃうじゃないって思いますよね。そこは場ゾロなしのアルシアール式で、アガリの最低点数が子120点、親240点となっているため意外と1局終了は無かったりするのです。ピンフのみだと120点、そこにリーチやドラを1枚つけても…ですね。





雀卓はちゃんと自動式でした。しかも配牌まで出てくるって、当時にしてはすごくなーい!? けどこれ、実はかなり旧式で、山が出てくる速度は当時の最新機種と較べれば格段に遅いんです。メーカーの気まぐれで、たまたま配牌も出るように作られた偶然の産物ってやつですね。


客付きは、大体いつも3卓くらい立っていた気がします。結構待たされる日もありましたね。客層はルールがルールだけに平均年齢高め。そりゃ麻雀で10点単位まで計算出来るのって、大概じいさんですってば。自分も常連の方に計算してもらってました。


常連客は、ブルドッグみたいな顔した自称ヤの人とか、現物を現場と言い、7ソーを珍棒と言ったりするおいさん、あとは大人しいおじいちゃん。いつもこの顔ぶれだった気がするような。相手は百戦錬磨のベテラン…というか自分自身がそんなに上手くないもんだから、全然勝てなかったなあ。





そんな店で負け続けてたらヤバいんじゃのいの? って思われそうですが、ここは比較的良心的なお店だったので、パチンコ打つより全然健康的に遊べたわけです。


まず店に入ったら3000円払ってカードを10枚購入します。これがゲーム終了時の精算カード。沈んで負ければ1枚払います。トップの人は買った分から1枚お店に払い、それが場代となります。どういう配分だったか忘れたけれど、一気に10枚いかれることは絶対にないゲーム性となっていました。





あとね、この店、当時から結構古いお店だったんです。外の世界ではWindows95だの脳天直撃セガサターンだの、小室ファミリーがまたミリオンってやってたのに、もうここだけ昭和って感じ。ドサ健とかいなくて良かった…。そんなお店でコーヒーを飲んだら、中に蛾が入っていたのはいい思い出…でしょうか。


今はもう、こういうお店は絶滅しちゃいましたね。寂しいものです。
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